あの高貴な人々はだれ?。
ほら、あそこをゆったりと歩いている人達よ。みんなで立ち止まり、撫子の花を摘んだり、流れる雲を見ては、何か楽しそうに話をしている。静かに耳を澄ませば、すずやかな歌声のようなものが聞こえてくるわ。
天女たちにしては、若い男の姿も見えるから余計わからないの。ほら、海の方を目指して歩いている。まるで、船出を見送るようだわ。でも、荒海を航海するようなひとたちには見えない。佳人が、ほんの少し風に当たりにきているだけ。
あのふっくらとした薄桃色の絹をまとっている人には、見覚えがあるわ。昔、歴史の時間に習った人。まわりにいるのは、お供の女官たちだろうか。みんなで都の話をしている。まぼろしとなった昔の宮の辺りにたち、なつかしい思いに浸っているようだ。
水鳥が飛び立ち、川面にさざ波が広がり、あの人は、手に持った小さなきれのようなものをさかんに振っている。誰かに合図でもしているのかしら。あの人が低く通る声で歌っている。こころにしみわたるような詩だ。あの人はやはり歌人だったのだ。
《秋の野のみ草刈り葺き 宿れりし 宇治の宮処の仮廬し思ほゆ》
その名前はだれでも知っているはず。女ならだれでも一度は憧れた天平の佳人。やがて、月が上ったようだ。あの人が立ち上がって、海辺の方に進む。
《熟田津に船乗りせむと 月待てば、潮も適いぬ。今は漕ぎ出でな》
おだやかな海に、いつのまにか、小船が用意されている。ひとびとが次々と乗り込むと、あたりは、海原に飲み込まれたように静寂が広がった。