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二つのBOX 


 きのう夜遅く荷物が届きました。差出人のところは雪でにじんでいてよく見えません。取りあえず開けてみると中から、二つの箱が出てきました。大きなブルーの箱ピンクの小さな箱。中にはそれ以外なにもないのです。荷物を包んであった竹の模様の包装紙を見ていたら、なぜか昔読んだおとぎ話を思い出してしまいました。


舌切られ雀

 昔あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは長年偉い殿様に使えて、たっぷりとお給金をもらい田舎に帰ってきました。おばあさんは元奥女中で、下女を顎で使う暮らしをしていましたが、歳を取ったので、田舎に引っ込んだそうです。

 ふたりは、近くの畑で出会って、そのままおばあさんが押し掛けて所帯を持つようになりました。このおばあさん、昔から美人だったのですが、今も顔のお手入れには余念がありません。米ぬかで肌を磨くし、ウグイスのふんが良いと聞けば、わざわざ遠くまで出向いて求めるという具合です。

 おじいさんは人がいいだけで世間の事はとんと知らなかったから、ばあさんというものはみなこんなものだろうと、考えていました。

 ある日のこと、おばあさんはカボチャの種を庭先に広げ、洗濯糊を練っていました。奥方から貰った着物を洗い張りして、洗濯糊をぴしっときかせて着る。このおばあさん、おしゃれにもまだまだ関心があるのです。

 すると庭先で虫を突いていた一羽の雀が洗濯糊の小鉢に止り中身を嘗め始めました。なかなか滋養があって美味だと夢中になっていますと、川まで水を汲みに行ったおばあさんに見つかってしまったのです。

 《おまえは、いつかもわたしの大切にしていたウグイスのふんを散らかした雀だね。もう、二度とこんな悪さができないように、こうしてやる。》

 と近くにあった糸切り鋏を取り上げると、雀の舌を切ってしまいました。奥で碁の手を考えていたおじいさんが、鋭い悲鳴を聞きあわてて駆けつけました。

 《どうしたんだ、お米。可哀相にまだ年端もいかない子供の雀だよ、許してあげなさい。洗濯糊ならまた、わしが作ってあげよう。》

 そういっておじいさんは雀を抱きかかえるようして、奥に連れていきました。二三日、餌をやったり水を与えたりすると、雀はすっかり元気になったようで、竹林の方に帰ってきました。

 それから何か月が過ぎました。村祭りも終り、静かな生活が続いていました。そこへ一通のふしぎな手紙が届きました。竹の皮に棒で書いたような文字が並んでいます。

 《雀のお宿にどうぞ。いつか助けてくださったお礼をしたいと思います。》

 それを先に読んだのは、おばあさんの方でした。おばあさんはだれにも言わずにこっそりと、手紙に指示された裏山に向いました。気付いたおじいさんも慌てて後を追います。ふたりは雀のお宿の玄関でようやくいっしょになりました。

 出迎えてくれたのは例の雀でした。赤い着物をきて、女の子らしく見えます。

 ふたりはそこでおいしい食事をたらふくたべて、温泉にも入ったし、そろそろ帰ろうということになりました。

 雀の長老が挨拶に来て、土産を用意してあるから、倉に行ってすきなつづらをお持ちくださいといいます。はじめは遠慮していたふたりでしたが、それを貰わないことには帰れないと聞いて、ようやく倉に向いました。

 薄暗い倉の中には澱んだ空気と、なぜか《ツェッぺリンの天国への階段》の曲がかかっていました。きっと雀たちはハードロックが好きなのでしょう。おじいさんは博学でしたから、異国の音楽に付いても造詣が深く、おばあさん相手にしばしロックの講義をしたりして、待っている雀たちを苛々させました。

 奥には大小さまざまなつづらがあって、中を見ることは許されないが、どれでも一つだけ持ち帰ることができるという条件です。

 欲深かなおばあさん、昔御殿に出入りの商人たちから贈り物をされたことを思い出しました。たいていの場合、見掛けは小さくても中には小判がぎっしりと詰まっていることが多かったのです。だから、小さくて持ち上げると重みのずっしりあるピンクのつづらを選びだしました。

 一方、おじいさんは、たまった書物をいれる手ごろな大きさのつづらを探していました。ここのはどれもつくりがしっかりしているから、中身よりもあとあと使えそうなブルーの大きめのつづらを選びました。

 ふたりはそれぞれのつづらを背負って、こんどは足どりも軽く家路に向かいます。ひさりぶりにごちそうを食べてのんびりしたせいか、おばあさんもいつになく上機嫌で歌を歌っています。

 《ねえ、おまえさん、あの雀の倉にあったキラキラ光る丸い板を記念に貰ってきましたよ。どうしたら音が出るのかしらねえ。》

それは確かにツェッぺリンの来日記念のCDでした。

 《そんなお米、だまって持ち出したら、きっと雀たちは困っているだろう。返してきなさい。まだ間に合うから。》

 《嫌ですよ。わたしはあの十三弦ギターが気に入っているのだから。今度、街に行くとき、これが聞けるような道具を買ってきてくださいね。》

 おばあさんは強情で言い出したら聞かない性格なのをよく知っているので、おじいさんは黙り込んでしまいました。

 日が暮れる前にあのふもとまで急がなくては、このあたりよく追い剥ぎが出るところなのです。ふたりは背中の荷物を背負い直すと、家をめざして足早に進みました。

 その後ふたりはどうなったかご存じですか。つづらの中身もふたりの行方も、あれから知っている人はいません。


で、あなたはどちらの箱を選びますか。ピンクの小さな箱、それとも大きなブルーの箱。差出人は宅配業者にきいても分かりません。

                   

1998.1.16 

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