LED ZEPPELIN

LED ZEPPELIN [LED ZEPPELIN III]

　　　はじめてのレッド・ツェッペリン

　本当にレッド・ツェッペリンは、日本に来たことがあったのだろうか。七十一年に初来日し、その翌年の七十二年にも日本に来ている。田舎の高校生にとって、来日公演のお知らせは、切符の買い方も分からず、どこかずっと遠いところで起きている出来事だったに違いない。

　初めて聞いた曲が"移民の歌(Immigrant song)"。七十年の年明けとともに、どこのラジオ曲からも、市内のレコード店でもいっせいに流れてきて、ロバート・プラントの絶叫する声とドラムとベースのビートの聴いた音楽に、これはなんだろう、何がはじまったのだろうかと驚かされた。アルバムで言うと、七十年秋に発売された"Led Zeppelin III"に当たる。一度聴いたらどっぷりと漬かりたくなるようなヘビーなアルバムだった。ギターといい、ドラムといい、聞かせどころがふんだんに盛り込まれている。今聴いても、堂々たる正統派のハードロックである。

　初めて、そのアルバムを手にしたとき、ジャケットの一部がくるくる回る仕掛けになっていて、楽しんだことを思い出した。高校二年生の生意気盛りの頃だった。

　FM放送は、まだ二曲しかなく(NHKと東京FM)、まだAMラジオが全盛の時代だった。英語の勉強と称してFENを聴くのはある種のステイタスだったし、深夜放送という言葉が広まったのもこの頃だった。文化放送の、オールナイトニッポンという午前一時からのラジオ番組には、たくさんの中・高学生が投書して、深夜こっそりと聴いていたものだ。この番組の中でもツェッペリンは何回も紹介されたし、特集もあったと思う。

　　一九七十年という年

ロック・ミュージックを考える上で、七十年という年は、大きな節目であったといえるだろう。わたしたちはこの頃、多くのすばらしいアーティストに出会っている。ビートルズの解散が六十九年に発表され、それまで知られていなかったアーティストがつぎつぎと登場していった。

　七十年にエルトンジョンがYour songでデビューし、他にも、エマーソン、レイク&パーマー、マークボラン率いるTレックスなどが誕生している。七十一年にはピンクフロイドの原子心母が、不思議な原子音を奏で、ストーンズは相変わらずのブラウン・シュガーで、その健在振りを示していた。

　

　その中にあって、レッド・ツェッペリンは七十一年十一月にリリースした第四作レッド・ツェッペリンIV(untitled)と呼ばれるアルバム(天国への階段を含む)の中で劇的な変化を遂げる。　敢えて、タイトルを入れずに、表は、薪を背負った老人と、裏は廃虚というアルバム・ジャケットのデザインについても、もっと深い意味があるのだと、いろいろと物議がかもし出されたのを覚えている。

　そんなふうにして、ツェッペリンが世に出したこのアルバムはもうハードロックというジャンルでは括ることできない傑作である。事実このアルバムは全米チャートで二三四週間もランクインし続けた。　このアルバムの最初に収録されているBlack Dogなどは曲名を知らない人でも聞き覚えがあるはずだ。これまで一部のファンに認められていたツェッペリンが、ようやく世間に認知された記念すべき第四作だといえよう。

　レッド・ツェッペリンは、ハードロックとも、メタルロックとも言われていたが、わたしにとっては、むしろ天国への階段で見せたような、リリカル(叙情的)なイメージの方が大きかったような気がする。歌詞カードを丹念に読み直してみると、さりげない詩のなかで韻を踏んでいる。ジミーペイジの奏でる哀しいまでに美しい旋律が十二弦ギターだということも、このとき初めて知った。

　ツェッペリンは、プログレッシブ・ロックといわれた難解な曲づくりとは一線を引いているが、そこに新しい境地を切り開いた。それはツェッペリン以外には到達することのできない場所である。

　

　ツェッペリンの最大の特徴は、ギターとボーカルという当たり前だが、二つのパートに完璧な人材が揃っていたことである。どちらかがきわだって優れていたバンドはいくらでもあったが、ロバート・プラント&ジミ・ペイジのような最高にファンタステックな組み合わせは他になかったと思う。

　同じように人気のあったELPと比較するとわかるが、グレック・レイクは歌とギターを担当し、キース・エマーソンは、キーボードとパフォーマンスを担当していた。

　その上、ジミーペイジの端正な顔立ちは、女性ファンの心をしっかりと掴み、音楽と共に見て楽しむロックを教えてくれた。若いときのジミー・ペイジは信じられないくらいピュアで美しかった。美青年という言葉がぴったりで、登場するだけで、観客がどよめくのだ。ロバード・プラントだって太る前は、やはり綺麗な男の子だった。だからこそ、あの絶叫も許せたし、共感も持てたのだと思う。

　七十年当時は、まだ、プロモーション・ビデオという言葉もなく、製菓会社の主催するフィルム・コンサートなどでしか、演奏するツェッペリンを見ることはできなかった気がする。

　その後、ツェッペリンの成功は続き、七十三年に第五作目のアルバム"聖なる館(House of The Holy)"を出した頃は、その名声は不動のものとなっていった。　でも、わたしは、逆に、昔を懐かしみ、六十九年のリリース、"Led　Zeppelin　II"(なぜか日本でのリリースはIIIの後になっている)を聞いたりした。理由はうまく説明できないが、あのロバート・プラントの絶叫がひたすら懐かしかっただけなのかもしれない。ハードロックが、成熟するとき、ボーカルはどう変わっていくのだろうか。

　ツェッペリンがドラマーのジョン�ボーナムの不慮の死によって、八十年に活動を停止してしまったので、その答えを見つけることができない。

　いまでは、伝説のツェッペリンと言わなければいけないのだろうか。六十年の終りに現れ、実質十年足らずの活動しかしていないのに、こんなに人に魅了するバンドが他にあるだろうか。　初めて出会ったときの鮮烈な驚きはいまでも、忘れていない。あれから、こんなバンドに巡り合ったことがないような気がする。今年リリースされたBBCライブなどを聴いていると、近頃聴いたことのない濃い味がする。そう思うのはわたしだけだろうか。

　

　最後になるが、むかしのLPレコードにはいろんな思い出がある。親指と人さし指を上手に使って、レコードに指紋がつかないように、そっと置く。それから針を下ろす。ガリガリﾄという音が少しして、いきなりハードロックが始まる。片面が終わるとひっくり返さなければいけないのだが、そのため、この曲はA面のどこにあったなんて憶え方をしている。

　ツェッペリンの場合、必ず始まりがハードロックで、どきもを抜かされるのだ。